タイキシャトルとは

競走馬名:タイキシャトル

血統:父デヴィルズバッグ 母ウェルシュマフィン(カーリアン)

父のデヴィルズバッグは、アメリカの種牡馬で期待ほどの成果は挙げられなかった。

母はカーリアン産駒のウェルシュマフィン。

美しい金色の馬体、額の星。一流馬になるにふさわしい風貌を持った馬。その名はタイキシャトル。 名門・藤沢和雄厩舎のエース格としてダートのユニコーンSを制してスワンSに出走。 2番人気の評価をあざ笑うかのような圧倒した走りを見せた。 つづくマイルCSも2番人気。しかしキョウエイマーチの作る超ハイペースのと言える流れを楽々追走し一頭だけものともせず圧勝して見せた。 この勝利でようやく人々の脳裏に名馬誕生の予感を抱かせることになる。 そして底知れないまま続くスプリンターズSに向かい古馬を再度粉砕する大楽勝の王道競馬。 4歳馬(現3歳)ながら初のマイルCS・スプリンターズSの連覇を成し遂げてしまったのである。 デビューした年に短距離の頂点に君臨した圧倒的な支配者タイキシャトル。一体どこまで強くなるのか底知れぬ強さに競馬ファンは夢を見た。

先天的に蹄が脆かったタイキシャトルは、装蹄師の志賀勝雄により「フォーポイント」と呼ばれる特殊な技法で装蹄を施された。 本馬の実績は志賀の装蹄でなければ達成できなかったと評する者もいたという。

5歳になり、タイキシャトルの目標は世界競馬制覇へと向けられた。 そのためには春の国内線を完全勝利で飾ることが必要とされた。 復帰初戦の京王杯スプリングCをレコードで圧勝。安田記念でも特に敵は見あたらず、タイキシャトルの海外遠征壮行レースの様相を呈していた。 天候は土砂降りの大雨。タイキシャトルに最後に与えられた試練は「不良馬場」であった。 雨が降り続く中で行われた競馬はメインレースの頃には泥田と化していた。そんな悪条件の中、タイキシャトルもいつもよりやや後ろからのレースとなった。 直線を向き馬場の大外に持ち出したシャトルだが馬場を気にしてエンジンが掛からない。 そうしているうちに外国馬オリエンタルエクスプレスが内から抜け出してリードを広げていった。 岡部のムチに応えたタイキシャトルはようやくエンジンをかけ始め、白い水しぶき上げながら外から一気に交わして先頭に立つ。 終わってみれば2馬身半をつける完勝。日本馬海外制覇の悲願が一気に現実味を帯びた瞬間であった。

初の海外レース参戦となったジャック・ル・マロワ賞では、インティカブという欧州最強マイラーが回避を決めた影響もあり日本馬ながら単勝1.3倍という圧倒的な人気であった。 応援に来ていた日本人が多く馬券を買った影響もあったが現地での評価も決して低くないことがうかがい知れた。 ライバル不在の中でゲートが開かれ馬本位の好位でレースを進めた。 じっくり冷静に乗った岡部との折り合いがつき無難に海外G1レースを制したのであった。 この後タイキシャトルはブリーダーズC遠征を断念。国内で2戦した後引退することが決定した。

1998年12月20日スプリンターズS。このレースはまさにタイキシャトルのためだけに用意されたレースだった。 単勝オッズ1.2倍。レースの後には前代未聞の引退レース当日の引退式が予定されており、タイキシャトルのラストランを万人の目に焼き付けるためのレースであった。 それまで12戦11勝、2着は900万下のレースでテンザンストームに逃げ切られたただ一回のみ。 日本はおろか、海外でさえまるで敵なしのタイキシャトルが負ける姿を想像することは誰にもできなかったはずだった・・・

抜群のスタートを切り何も問題はなかったように見えたが、4歳馬マイネルラヴに競り落とされ、シーキングザパールにまで先着を許すこととなった。 勝利後に行われるはずだった引退式は、タイキシャトルの敗戦を信じられない、受け入れられない観衆によってある種の異様な雰囲気の中で執り行われることとなった。 引退式が始まり、ターフビジョンにはタイキシャトルの生涯成績が映し出されたが、つい先ほど負けたはずのスプリンターズSの所には「1着」の表示。 厩舎の慢心かは分からないが、良くも悪くも華々しい競馬を見せたタイキシャトルはターフを去り一時代の終わりを告げたのだった。

タイキシャトル代表産駒

タイキシャトル産駒は、 父のデヴィルズバッグから続く硬さが全面に出やすく瞬発力に欠ける面がある。パワーは十分なので道悪、ダートなどで活躍するシーンが目立つ。
産駒一覧

種牡馬リンク

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